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おもしろ駅探訪(過去記事その5) [鉄道(実物)]

過去に掲載しました「おもしろ駅探訪」シリーズの閲覧場所⑤で2017年9月以降の記事を集めました。

なお、それ以前の記事は「過去記事その4~1」に有ります。
(「その3~1」は、2017年9月1日に最終掲載)

昨年12月に「王寺」駅を追加しました。


<王寺 2017年12月13日> R0032662_1c.jpg
(上の駅名看板は矢印の場所) R0032659_1c.jpg
(画像は、2017年7月27日に撮影)

ここはJR2線と近鉄2線が集まる県西部の要衝駅で、4線共、現在と違う会社の路線として開業した点が珍しいです。

王寺駅周辺路線図2c.jpg

関西本線は1890年(明治23年)、大阪鉄道が開業し
              →1907年(明治40年)、国有化

和歌山線は1891年(明治24年)、大阪鉄道が開業し
              →1907年(明治40年)、国有化

田原本線は1918年(大正7年)、大和鉄道が開業し
              →1964年(昭和39年)、近鉄に合併

生駒線は1922年(大正11年)、信貴生駒電気鉄道が開業し
              →1964年(昭和39年)、近鉄に合併

JR構内は、3面5線と南側に車両基地が広がっていました。
                (例によって配線図は概略レベル) 王寺駅構内配線図c.jpg

こちらは1番のりばから「天王寺」方を見た所 R0032676c.jpg
振り返って駅中央方向(左端1番、右端2番のりば) R0032695_1c.jpg
こちらは「天王寺」方から、3番のりば(左)と5番のりば(右端) R0032682c.jpg
次は橋上駅舎の通路からの「天王寺」方で、右端が1番のりば、中線が2本、そして左端が2番のりば R0032696c.jpg
同じく、3番のりば(右)に201系、4番のりば(左)に105系 R0032734c.jpg
そして、1番のりばの反対側から見た「奈良」方です。 R0032716c.jpg
こちらは4番のりばから見た駅中央方向(左端から5、4、3番) R0032703c.jpg
最後は5番のりば(右端)とその左が車両基地で、 R0032699c.jpg
沢山留置されていた関西本線用201系は、朝のラッシュ仕業にどんどん出庫して行きました。 R0032698c.jpg
201系以外には、和歌山線用と思われる117系6連と R0032721c.jpg
105系2連の姿も... R0032708c.jpg
「奈良」寄りには保線区も有ります。 R0032723c.jpg

最後に恒例の、1番のりばから順に発着列車を羅列しました。

<1番のりば (2番のりば「奈良」方から撮影)>
ここだけ単式ホームで、関西本線経由奈良線直通「京都」行き221系4連が入線。 R0032713_1c.jpg

<2番のりば (1番のりば「天王寺」方から撮影)>
関西本線・おおさか東線・片町線経由東西線直通「尼崎」行き
直通快速207系7連 R0032687_1c.jpg

<3番のりば (4番のりば「奈良」方から撮影)>
当駅始発、関西本線「JR難波」行き201系6連の後撃ち R0032704_1c.jpg

<4番のりば>
3番のりば「天王寺」方から撮影した当駅始発、「JR難波」行き103系6連 R0032718_1c.jpg
「奈良」方から撮影の当駅始発、和歌山線「和歌山」行き105系2連 R0032738c.jpg

<5番のりば (「奈良」方から撮影)>
当駅始発、和歌山線経由桜井線直通「奈良」行き105系4連 R0032697c.jpg

なお、近鉄田原本線「新王寺」駅は2015年11月9日に、
    近鉄生駒線「王寺」駅は同月25日に記事をアップして
いますので、ここでは省略致します。

<太田川 2017年9月25日> R0031552_1c.jpg
(画像は、2013年8月26日と2017年3月9日に撮影)

2011年(平成23年)に名鉄初の3層高架駅に生まれ変わり、常滑線と河和線の交差支障と、付近の踏切が無くなりました。

太田川駅変遷図c.jpg

駅西側から南方を見た所で、3階の「河和」方面の高架が一見途切れている様に見えるのは、左にカーブしているためです。 R0031550c.jpg
振り返って駅舎中央部をパチリ(中程が西口エントランス) R0031551c.jpg

配線は概略こんな感じ(一部省略)で、

太田川駅構内配線図c.jpg

常滑線・河和線とも、緩急接続が可能な構造になっていました。

2階部分は(「名鉄名古屋」方から見て)左端から順に1番~4番のりば、そして3番/4番のりばの上が5番/6番のりば。 R0031517c.jpg
ホームの南側には、直進する常滑線、左にカーブする河和線(下り)、3階に入るカーブの河和線(上り)が、 R0031525_1c.jpg
反対の北側では、3階から降りてきて常滑線(上り)に合流する配線(矢印)が見えます。 R0031518_1c.jpg

次は3階(「名鉄名古屋」方から見た左5番、右6番のりば)で、 R0031532c.jpg
緩急接続が無い場合は、6番のりばに入線していました。 R0031533c.jpg
(列車は、「金山」行き普通6800系2連です)

こちらはホーム南端からの眺望で、 R0031545c.jpg
偶々、「河和」方面に向かう列車(後撃ち)が見えました。 R0031547_1c.jpg
次は反対の北側で、この先2階へ降りて常滑線に合流します。 R0031529c.jpg

3層構造の駅は、以前に(京急)蒲田(2013年9月7日記事)を取り上げましたが、構造的に違うので触れ直す事にしました。

こちらは総3階建ての京急一の巨大駅で、 R0020341c.jpg
2線が接続し緩急接続を行う点は「太田川」と同じですが、配線構造は大きく異なります。

1階が駅舎、2階が上り線(品川方面行き)ホーム 京急蒲田駅構内図上り線c.jpg
3階が下り線(横浜方面行き)ホームになり 京急蒲田駅構内図下り線c.jpg
1番線/4番のりばは空港線方面、
2番線/5番のりばは緩急接続時、普通列車が退避、
3番線/6番のりばは本線用

「太田川」には存在しない、ここで方向転換する第3の運転系統(黄色の線)が有るため、 運転系統図c.jpg

この様な形にならざるを得なかったのでは、と本稿を書きながら思いました。

「品川」方末端から見た3番のりば(右)で、ここから普通列車に乗り換えるには18m×12両分歩かなければならず、
(前後の緩急接続駅「(京急)川崎」「平和島」乗り換えが正解) R0020315c.jpg
左手1番のりばの羽田空港行きの列車(8両編成)に乗り換える場合も、4両分歩くことに...[ふらふら]

最後は恒例の、1番のりばから順に発着列車の羅列です。

<1番のりば>
河和線「河和」行き普通6000系4連 R0031522c.jpg
回送の3100系2連(後撃ち) R0031516_1c.jpg

<2番のりば>
常滑線「常滑」行き普通3500系4連 R0031524_1c.jpg
河和線「河和」行き急行6500系4連の後撃ち R0031520_1c.jpg

以下2枚は3番のりば側から撮った後撃ちですが、柱が有ってスッキリ撮れません[ふらふら]
常滑線経由空港線直通「中部国際空港」行き特急2200系6連 R0031542c.jpg
河和線経由知多新線直通「内海」行き急行5000系4連 R0031540c.jpg

<3番のりば>
常滑線経由名古屋本線直通「名鉄岐阜」行き特急2200系6連 R0031535_1c.jpg
常滑線/名古屋本線/犬山線経由広見線直通「新可児」行き準急6500系4連 R0031541c.jpg

<4番のりば>
当駅止まりの3100系2連 R0031534_1c.jpg

<5番のりば>
河和線(上り)の待避列車が入る様ですが、管理人が訪問した平日の13時台は見られませんでした。

<6番のりば>
常滑線/名古屋本線経由犬山線直通「新鵜沼」行き急行の5000系4連 R0031537c.jpg
常滑線経由名古屋本線直通「金山」行き普通6500系4連の
後撃ち R0031548_1c.jpg
最後は、6番のりばに到着する常滑線経由名古屋本線直通
「名鉄名古屋」行き特急5700系4連の動画です。

<尺土(しゃくど) 2017年9月9日>
(下の駅名画像は、ネットからお借りしました) 尺土駅名看板c.jpg
自前の画像は、2017年7月27日に撮影したものを使用

ここは南大阪線と支線の御所(ごせ)線の接続駅ですが、支線ホームが無いため、優等列車の待避形態が変わっています。

尺土駅周辺路線図c.jpg

駅名の由来は当地で赤い土が採れたため「赤土(しゃくど)」と
呼ばれていたものが、後に尺土に変わったんだとか...

構内は島式2面4線のホームを持つ待避可能な橋上駅で、
(左端2番~4番のりば。画像はネットからお借りしました) 尺土駅構内.jpg
特急を含む全列車が停車し、緩急接続を行ます。

構内配線図からお分かりの様に支線専用ホームは無く、 尺土駅構内配線図c.jpg
御所線の発着時、南大阪線の優等列車待避が変則的になっていました(場合により、優等列車が待避線ホームに入線)。

4番のりば(待避線)に到着の御所線列車は、お客さんを降ろしそのまま前進 R0032770_1c.jpg
配線図左端の引き上げ線(赤い線の部分)に入ります。 R0032773_1c.jpg
空いた4番のりば(右)にはすぐ特急16600系2連が入線 R0032774_1c.jpg
それが先発した(後撃ち)1分後、 R0032776c.jpg
3番のりば(本線)に待避していた準急が出発して行きました。 R0032777_1c.jpg
(何れも南大阪線「大阪阿部野橋」行き)

御所線の列車は出発時刻になると南大阪線を横切り R0032778c.jpg
1番のりば(待避線)に入線し、客扱いを始めます(後撃ち)。 R0032781c.jpg
そして僅か2分後には出発し、また南大阪線を横切り御所線に入って行きました(後撃ち)。 R0032782_1c.jpg

次発の「近鉄御所」行きは上と異なり、本線側2番のりば(左)に入りましたが、 R0032786c.jpg
これは直前に2番のりばに特急が入線したためです。 R0032783_1c.jpg
待避線の1番のりば(右)の「橿原神宮前」行き準急は、特急と御所線列車を先発させた後、おもむろに出発 R0032784_1c.jpg
この様に緩急接続時、優等列車が必ず本線に入る訳ではないのですが、利用者の方は慣れた様子で乗り込んでいました[わーい(嬉しい顔)]

次に、配線構造は似ていても運用が異なる「伊勢若松」の例を合わせて載せておきます。

2015年2月13日に近鉄鈴鹿線終点の「平田町」駅を取り上げ R0024619c.jpg
記事の最後で、鈴鹿線が名古屋線と接続する「伊勢若松」駅に少し触れました。 平田町駅周辺路線図c.jpg
標準軌という点は異なるものの、 R0024618_1c.jpg
2面4線で支線専用ホームが無い構造は同じです。

伊勢若松駅構内配線図c.jpg

しかし「尺土」と違い待避線の4番のりば(左)に到着した鈴鹿線列車はそのまま「平田町」へ折り返して行きました。 R0024621c.jpg
右手本線の3番のりばの「近鉄名古屋」行き普通(後撃ち)は、当駅にて優等列車待避しなかったと記憶しています。

支線列車の運用が違う理由は分かりませんが「尺土」の場合、前後の待避可能駅が少ないのでダイヤ上、ここで待避が頻発するのでは?と思いました。 尺土駅前後駅c.jpg
昔2面3線だった頃は、今以上にアクロバティックな列車運用が見られたそうで、南大阪線の伝統なんですかね?


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